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(Chairman Vice president )
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太田 新会長のメッセージ (千鳥区)
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5月30日
役員の皆様、30周年式典ご協力ありがとうございました。
また、推進員の方も多数参加していただき、感謝しています。
今後の各事業にもよろしく、お願いいたします。
5月
ソフトボール、バレーボール大会、ご協力ありがとうございました
次は、30周年記念式典です
推進員の皆様、当日大勢の方の参加をお願いします。
また、友達や近所の方を誘ってきてください。
4月
平成22年度も始まりました
推進員の皆様には、各事業に参加していただき
楽しい活動をしてください
本年度も よろしくお願いします
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村松 副会長のメッセージ (西宮島区)
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渡辺 副会長のメッセージ (靖国区)
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松元 副会長のメッセージ (千鳥区)
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深澤 副会長のメッセージ (千鳥区)
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鈴木 新副会長のメッセージ
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田村 新相談役のメッセージ
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各部長のメッセージは
各部のページからどうぞ
以下は 2009年度分です
田村会長のメッセージ (森島区)
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富士市では「安全で安心なまちづくり」に取り組んでいます。
富士南生涯学習推進会は、
この様な目的に向かって、富士南地区の「安全で、住み良い地域」づくりを目指して様々な活動をしています。
生涯学習推進会は、
地域の皆様が全て会員です。「生涯学習」とは何かなどと難しく論議する必要はありません。地域の皆様が、「安全で安心」に毎日を生きて行くことが「生涯学習」と、私は思っております。また、地域の皆様が協力して生きて行くことが「福祉」と言われています。
生涯学習推進会は、
この様なことに、少しでもお役に立てればと思って頑張っています。
江戸時代には、「生涯学習」や「福祉」等と言う言葉はありませんでしたが、当時世界で一番の人口都市江戸の街は、清潔で、地域住民の助け合いの精神は、世界の最先端にあったそうです。地域の子供は地域で育てる。生活の苦しい家庭や、病気の人は地域で面倒を見るなど、お互いに助け合い、思いやりを持って生活していたそうです。私達も江戸時代の精神をもって、住み良い地域社会が構築される事を願っています。
富士南生涯学習推進会では、
「富士南まちづくりセンターを拠点として、生涯学習の推進と明るくすみよい地域づくりを進めるため、各種団体相互の連携のもと、一致協力して、自主的な生涯学習活動の実践を図る。」を目的として、5つの部が下記の様な活動を行っております。
◎総務部
1.総会の企画、立案と招集
2.生涯学習推進会・会計
3.他部主管行事への連携
4.富士南「生涯学習推進会たより」年1回発行、印刷し、各戸配布
5.南部ブロック研修
◎成人教育部
富士市内で、どの地域にも誇れる富士南地区をつくるため、
協力しあって住み良い、しあわせな地域にしましょう。
○成人教育部スローガン「 地域「愛」 気配り・思い入れ・心遣い・親切」
1.富士南地区文化祭の開催
2.地域文化の継承のため「正月用お飾り作り」の実施
3.ホームページの開設と維持管理(修正・更新)
◎青少年育成部
各種団体との連携により、
青少年の健全育成と非行防止活動の推進を図る。
1.7月「青少年を非行から守る協調月間」に合せた啓発キャンペーンの実施
2.南中、南小とのふれあい協力への取り組み
3.南地区歩け歩けハイキング大会実施
4.12月「青少年育成強化月間」に合せたキャンペーンの実施
◎生活安全部
各種団体との連携のもと、安全で住みよい地域の実現を目指します。
1.住民の安全意識の高揚と連帯強化を図ります
2.交通安全協会富士南分会との活動協力と連帯強化
3.こどもクラブイルミネーション
◎体育保健部
体育活動を通して、明るい家庭、体力の維持と地域の親睦を図る。
1. ソフトボール・バレーボール大会
2. 区民体育祭
3. ファミリーバトミントン・グランドゴルフ大会
4. 南部ブロックファミリーバトミントン大会
5. 委託スポーツ教室
その他、富士南地区まちづくり推進会議主催の、南地区最大行事「三世代交流福祉大集会」などに積極的に協力しています。
生涯学習推進会の窓口は、いつでも開かれています。ご意見・ご提案などがありましたならお待ちしております。
「ききょうの里」富士南
富士南地区は、
富士市内最大の人口16千人の大きな地区であります。日本三大急流の一つと称される富士川の扇状地で、農業を中心にして生活をしてきました。しかし、大雨が降ると濁流が鋭い牙となって襲いかかり、人々は家や田畑が流されも流されても復興に立ち上がり、そして、先人達が富士川の水を制し、ここに富士南地区が存在します。
寛文11年(1671)中里の豪族古郡孫大夫親子が三代にわたり、「水をもって水を制す」と言われる雁堤を完成させ、多くの新田が開発された。しかし、雁堤の下流にあたる富士南地区ではその後も洪水の被害は度々引き起こされた。
嘉永7年(1855)11月4日に起きた安政の大地震(地震発生後まもなく安政と改元された為このように呼ばれている)は、家屋等の被害だけでなく、富士川活断層が大きく動き、右岸(岩淵側)が約3〜5m隆起し、左岸(富士側)が低くなった為富士川の流れが東側に傾いて流れるようになり、森島・宮下から三四軒屋方面に本流が流れ込むようになった。そこで、富士側の住民達は流れを変えようと総出で出動した。だが岩淵側の住民は流れを元に戻すと洪水の心配が起きるため、「川を掘らせろ」「掘らせない」の怪我人が出るトラブルとなった。その後、毎年の大洪水で農業が出来なくなり、他の土地へ移住する人も多く、安政4年(1857)富士側の住民達は、幕府へ大出水の惨状を訴える嘆願書を提出し、復旧をお願いした。
この時、幕府はすでに調査の為に現地に人を派遣し、復旧計画をたて、安政4年8月には復旧工事を開始した。延人員196千人の労力と数万両の巨費を掛けて、堤防(現在のJR東海道線の少し上流付近)は安政5年3月に完成した。
人々は、再び安住の地に帰ることが出来たのは、築堤工事の総師摂津守土岐朝昌が堅牢な堤防を作ってくれた為と、恩に報いる為に、松岡の水神さんの境内に「不盡河修堤碑」を建立した。この碑が通称「帰郷堤の碑」と呼ばれている。また土岐家の家紋が桔梗だったので「桔梗」は「帰郷」に通じることから、離散した人々が故郷へ帰ってきたことを祝って、この堤を「帰郷堤」と名付けたといわれている。
富士南地区を「ききょうの里」と呼ぶようになったのは、
この「帰郷堤」に由来する。しかし、明治時代になってからも度々洪水は発生している。特に明治43年8月9日大洪水は、現在の東駿河湾工業用水の送水管付近で堤防が決壊し、濁流は現在の南地区を呑み込んで、一気に海に向かって流れ下った。その後、国により堤防が整備され、以後南地区には大きな水害は発生していない。明治43年の水難記念碑が、宮下神社の境内に建立されている。
私たちの富士南地区は、
駿河湾沖地震が大変心配されております。富士川活断層は、今後30年以内に11%の確率で動き、マグニチュード8クラスの地震が起こると予想されます。このような苦難の歴史の上に現在の南地区が存在することを忘れることなく、安全で住み良い地区になる為に、皆様のご協力をお願い申し上げます。
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太田副会長のメッセージ (千鳥町区)
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| 2009年 |
2009年7月30日
体育祭に向けて
じめじめとむし暑い長い梅雨も 早くあけて欲しいものです。
生涯学習推進員の皆様、8月は会合、準備等でお世話になります。
各行事共 一歩一歩前進し、
記憶に残る体育祭にしていきましょう。
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村松副会長のメッセージ (西宮島区)
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| 2009年 |
2009年5月19日
今年度は、副会長も増員され、部長も一部改選しました。
今までに増して、充実した活動が展開される事と
期待していますし、希望する次第です。
富士南地区の皆様、
是非、私達の事業をご理解の上、多数のご参加お願いいたします。
きっと、楽しい思い出なる事と思います。 |
渡辺副会長のメッセージ (靖国区)
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| 2009年 |
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深澤副会長のメッセージ (千鳥区)
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