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> 歩み「概要・沿革」

2011年は
新たな30年のスタート

2010年度は
富士南地区30周年


昭和56年4月1日に
「富士南地区」が誕生。

駅南地区から2地区、
田子浦地区から9地区が
分離して、11地区で
新たに発足した地区です。

生涯学習推進会も
同時に結成され
今日に至っています。

当地区は「ききょうの里」
と呼ばれています。

それは、安政年間(1855〜1857年)の富士川洪水で地域一帯に大きな被害が発生し多くの農民が離散しました。
その後、幕府の復旧工事により、堅牢な堤防ができ、農民たちが「帰郷」したことと、
築堤工事の総帥であった土岐摂津の守の紋所が「桔梗」であったことから、
堤防を「桔梗堤」と名づけ、これに由来しています。

生涯学習推進会連合会 沿革

富士市社会教育推進会連合会の発足(s48.3.2)

富士市生涯学習推進会連合会の発足(h5.5.24)

富士市の生涯学習推進に関する動き
◆平成元年 富士市の生涯学習に係わる総合的な施策の推進を図るため、「富士市生涯学習推進本部」が設置される。本部長を富士市長とし、副本部長を助役・教育長、各部長によって構成される。
◆平成2年 富士市の生涯学習の基本理念を盛り込んだ「富士市生涯学習推進大綱」を作成する。
◆平成3年 生涯学習の推進計画を作成するにあたって、まず市民による計画(案)を作成するため、社会教育課に事務局を置く市民による生涯学習推進のための検討組織「富士市生涯学習推進市民会議」が社会教育委員を始めとする市内有識者によって組織される。
◆平成7年 市民側からの生涯学習推進に関する提言が市民会議の中でまとまり、富士市における生涯学習を推進するプラン「ふじの麓のいきいきライフ」が生涯学習推進本部長である市長に提出される。
◆平成9年 本部会を重ね、市民会議の提言をもとに富士市生涯学習推進プラン「ふじトゥモロウスクール」構想を策定する。この構想の考え方は、富士市全体を「まなびや」とし、何処にいても必要なときに必要な学習活動が行える都市、富士市が生涯学習スクールであるというもの。
(富士市社会教育課による)


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